地球温暖化が進む中、作物の「熱に強くなる道筋」は科学の最前線で静かに形を変えています。今回の主役はGLYKという酵素です。GLYKはグリセレートキナーゼの略で、光合成や炭素回収に関わる重要な酵素です。温度が上がると活性を失いやすいという弱点があります。

AlphaFoldが見せたかたち

AlphaFold(タンパク質立体構造を高精度で予測するツール)を使って、植物由来GLYKと熱耐性の高い海藻由来GLYKの三次元構造を比較しました。そこから見えてきたのは、いくつかの“柔らかい”部分、特に3つのループの動きが温度変化で大きく変わるという点です。

イメージとしては、ループが蝶の羽のようにひらひら動いて構造を崩すと、酵素全体の働きがにぶってしまう、と考えてください。これが温度に弱い理由の一つとして浮かび上がりました。

ループを狙う設計指針

分子シミュレーションの結果は、安定化の狙いを具体的に示してくれます。つまり、乱れやすいループ部分を“固定”したり、安定な配列に置き換えたりすることで、熱耐性を高められるということです。設計のターゲットが明確になると、実際の改変案も現実的になります。

ハイブリッド酵素という新しい選択肢

そこで生まれた発想がハイブリッド酵素の設計です。海藻由来の安定した領域を植物GLYKに組み込むという発想で、実際に試作したものは65℃まで安定を示しました。これは試験管レベルでの成果ですが、非常に励みになる数字です。

次の重要な一歩は、これを植物の中で発現させ、光合成機能を維持できるかどうかを確かめることです。植物体内で動くかどうかが、実用化のカギになります。

現状の実験とこれからの検証

現在、研究チームは植物内発現と機能評価を進めています。ここで注目すべきは、単に酵素が安定でも、植物の細胞内で正しく機能するか、他の代謝経路に悪影響を与えないかという点です。

成功すれば、GLYKだけでなく他の温度感受性酵素にも同様の設計を波及させられる可能性があります。作物全体の耐熱性向上につながれば、温暖化対策として大きな前進になります。

実用化に向けた課題と期待

とはいえ道のりは平坦ではありません。安定化した酵素をどう発現・制御するか、遺伝子改変に関する規制や社会的理解、長期的な環境適応性の評価など、考えるべき点は多いです。

それでも、このアプローチが示す希望は大きいです。設計指針が明確になったことで、科学者たちはより狙いを絞った改良を進められます。未来の作物は、いまよりずっと暑さに強くなるかもしれません。

最後に一言。研究はまだ途中ですが、65℃という数字は単なる実験結果以上の意味を持ちます。それは「可能性」のしるしです。次のステップで植物内での成功が確かめられれば、私たちは耐熱作物という新しい選択肢を手に入れることになるでしょう。