診察室であなたの声は消えていないか

診察室で医師の目がモニターに奪われる――そんな光景を、私は70代の友人パメラさんの診察で目の当たりにしました。パメラさんは慢性疾患を抱え、一人暮らしです。階段を上ると息が切れると訴える彼女に、医師は画面を何度も覗き込みながら会話を進めていました。

医師がマウスをクリックすると、画面に会話の文字起こしと要約が表示されます。そこには診断候補や処方、時には保険請求に使う請求コード(保険請求に用いる分類番号)まで示されました。便利さの裏で、患者との“対話”が薄れてしまう危険を感じたのです。

なぜ画面が“第三の人”になるのか

AI書記は便利です。記録作業が減り、診療記録の正確さが上がる可能性があります。ですが、リアルタイムで要約や候補が出ると、医師は「既に記録された」と安心しやすくなります。

これを比喩で言えば、診察室にもう一人の“書記”が座り、医師をついそちらに向かわせるようなものです。患者が語る微かな不安や言いよどみは、画面の短い要約では拾えないことがあります。

患者と医師に起きる4つの変化

  1. 患者が途中で話を遮られたと感じ、症状の細部が落ちるリスク。
  2. 画面表示が「根拠」として優先され、説明責任や信頼の在り方が変わる可能性。
  3. 診療の主体性が医師・患者からシステム側へ部分的に移る懸念。
  4. 画面確認や書類処理が増え、対話時間が減る現実。

いずれも、患者の安心感や診療の質に直結します。特に、請求コードの自動提示は注意が必要です。保険請求上のインセンティブと臨床判断が混ざると、本来の医療目的がゆがむ恐れがあります。

現場で今日からできること

現実的な対策はあります。

  • 対話優先の時間を設ける:初診や重要説明の際は、意図的に画面を見ない時間を作る。
  • 事前説明と同意:AIが何を記録し、どう使うかを患者に説明して同意を得る。
  • 患者が記録を確認できる仕組み:後で内容を患者自身が確認・訂正できるようにする。

政策と制度に求められること

制度面では、透明性と責任の明確化が鍵です。AI出力の説明可能性を求め、請求コード提示が生むインセンティブの歪みを監視する規則を整備してください。第三者による監査や、最終的な責任所在を法律で明確にすることも重要です。

結び:便利さと“人の声”のバランスをどう守るか

AIは医療の効率化に大きな力を発揮します。しかし、便利さの影で患者の声が小さくなるなら、本末転倒です。目の前にいる患者の一言を聞き逃さないために、現場と制度の両輪でバランスをとることが、これからの医療に求められています。

最後に一つだけ。あなたが診察室で感じる“聞かれている”という実感は、データには簡単に置き換えられません。パメラさんの声を無視しないために、私たちは何を選びますか?