AIが暴く、流体方程式の新しい不安定点

流体力学の世界に、小さな衝撃が走りました。物理知識を取り入れたニューラルネットワーク、いわゆるPINNsを用いて、研究者たちがこれまで見つかっていなかった不安定な特異点を体系的に発見したのです。

ここでいうPINNsとは、物理法則(微分方程式)を学習の制約として組み込んだニューラルネットワークのことです。データだけで学習する通常のAIと違い、物理の“常識”を守りながら解を求めます。これにより、方程式の厳密性を保った高度な探索が可能になります。

どんな発見か、ざっくり説明します

対象になったのは三つの流体方程式です。具体的にはIPM、Boussinesq、そしてNavier–Stokesです。Navier–Stokesの特異点はミレニアム賞問題にも関係する未解決の長年の課題です。今回の成果はその直撃解決を意味するわけではありませんが、新しい探索の地図を示し、議論の出発点を提供します。

研究チームは、方程式の解の“不安定性”を数値的に可視化しました。ここで使われるλ(ラムダ)は、不安定性の度合いや成長率を示す指標です。λと不安定性の順序をプロットすると、解がどれだけ速く不安定化するかが一目で分かります。例えるなら、嵐が発生しやすい海域を色分けした航海図のようなものです。

可視化が見せたパターン

IPMとBoussinesq方程式では、λと不安定性のパターンが比較的はっきりと現れました。Navier–Stokesについても同様の兆候が観測されていますが、本文で示された可視化は限定的でした。とはいえ、序列的な不安定性の出現は予測可能な形をとっており、今後の解探索や理論構築に役立つ可能性が高いです。

PINNsの高精度訓練と「機械証明」への道筋

研究ではPINNsの訓練精度を従来より格段に高める枠組みを導入しました。ここで言う高精度とは、残差(方程式にどれだけ合っているかの誤差)を極めて小さくすることです。結果として、機械的な検証や「機械証明」に必要なレベルの信頼性に近づける可能性が示されました。

言い換えれば、AIが方程式に忠実な候補解を提示し、その精度を人間や従来の数値手法で検証しやすくした、ということです。これが進めば、長年の難題に対してAIが補助的な検証手段を提供する未来が見えてきます。

研究体制と協力

本研究は複数機関の共同作業で進められました。中心となったのはBrown University、New York University、Stanford Universityの研究者たちです。主要な参加者にはYongji Wang、Mehdi Bennani、James Martensらが含まれ、その他にも多くの専門家が関わっています。こうした多様なスキルの結集が今回の発見を支えました。

今後の展望と社会的意義

短期的には、今回の手法を使ってさらに多くの特異点や不安定性のパターンを探索することが期待されます。中長期的には、物理に根ざしたAIが理論と数値検証の橋渡しをし、工学や気象、海洋など実用分野への応用へとつながる可能性があります。

もちろん、ミレニアム賞問題のような大きな謎が一夜にして解けるわけではありません。しかし今回の成果は、新しい道具箱を研究コミュニティに渡したと言えます。これからどのようにその道具を使い、どんな地図がさらに描かれていくのか。期待は尽きません。

研究の詳細は論文やプロジェクトページで公開されていますので、興味のある方はそちらもあわせてご覧ください。