顔を盗まれたモデル――オンラインドラマの危機

Christine Li は杭州を拠点とするモデル・インフルエンサーです。SNS で自分の写真を投稿していただけで、気づかないうちに「登場人物」にされていました。

中国の動画配信アプリ「紅果」(Hongguo、ByteDance 傘下)で配信されたドラマ「桃花髪簪」に、彼女の顔がディープフェイク技術で生成されて登場しており、役柄は「他の女性を叩き、動物を虐待する悪役」でした。

使用されたのは、彼女がかつて SNS に投稿していた写真。公開済みの画像とはいえ、本人の同意なく別人格を演じるキャラクターの顔として使用されました。

倫理なき産業――中国マイクロドラマの急拡大

「マイクロドラマ」は、1 エピソード 2~3 分の短編動画シリーズです。中国発祥のこのジャンルは、若い世代に急速に浸透しており、Hongguo だけで月間 2.45 億人のアクティブユーザーを抱えています。

市場規模は数十億ドル規模の産業に成長しており、生身の演者による作品と AI 生成コンテンツが混在する状態です。コンテンツの制作速度と利益率を優先する生態系では、倫理的チェックが後回しにされやすいのです。

技術の悪用――「画像を抽出すれば他人を演じさせられる」

ドラマ制作者は、Christine Li が SNS に公開していた写真から顔の特徴を抽出し、AI 生成技術を使用して別のシーンで「彼女」を演じさせました。

同様の被害は複数報告されており、スタイリスト Baicai も自分の衣装写真が無断使用されたケースがあります。つまり、SNS に公開した写真があれば、その人物のデジタルダブルを作成し、望まない役割を演じさせることが容易になったということです。

法的問題――肖像権と名誉権の空白

中国の法律では「肖像権」「名誉権」が保護対象ですが、プラットフォームの内容審査に依存する部分が大きいです。民間人(非セレブリティ)の場合、商業的価値が低いと判断されると、賠償請求額も限定的です。

マイクロドラマ配信者の登録制度は存在しますが、現実には大量の無登録制作者が活動しており、執行が追いついていません。

国境を超える脅威――日本・アジアへの波及

この問題は中国に限りません。同じ技術とプラットフォームモデルは、アジア全域で拡大します。AI 生成技術が簡便化すれば、誰もが他人の顔を「使用」できるようになり、肖像権・名誉権・プライバシーの定義そのものが問い直される時代が迫りつつあります。

Christine Li は法的対抗を検討していますが、その過程で彼女のモデルキャリアがさらに傷つく可能性さえあります。被害者保護よりも産業利益を優先する構図が、この問題の本質です。