Claude開発元のAnthropicが、評価額2兆〜3兆ドル規模ともいわれるIPO(新規株式公開)の準備を進める中、株式を買った投資家であっても経営の実権を握れない特殊なガバナンス構造に注目が集まっている。カギを握るのは、社外の少人数のトラスティ(受託者)が取締役会の過半数を選出する権限を持つ「Long-Term Benefit Trust(LTBT)」という仕組みだ。

上場しても株主は経営権を握れない

Anthropicは2026年6月、IPOに向けた登録書類の草案をSECに機密提出したと報じられている。2026年5月のシリーズHラウンド時点の評価額は965億ドルだったが、7月時点の年換算収益は約650億ドルに達しており、市場では上場時に2兆〜3兆ドルという歴史的な規模の評価額になる可能性が議論されている。

しかし、この規模のIPOにもかかわらず、一般投資家が株式を購入しても取締役会の支配権を得ることはできない。創業者兼CEOのダリオ・アモデイの持ち株比率はわずか2%程度にとどまり、Anthropicは創業チームに強い議決権を与えつつ経済的な取り分は限定的とする「スーパー議決権株」構造の導入を検討している。

LTBTが握る取締役選出権

Anthropicの経営を実質的に規定しているのが、2023年9月に導入されたLTBTだ。AI安全保障、国家安全保障、公共政策、社会事業などの分野で専門知識を持つ社外の独立したトラスティで構成され、財務的な利害関係を持たない立場から、企業の利益と公共の利益のバランスを取る役割を担う。

LTBTは経済的価値を持たない「Class T株式」という特別な株式クラスを保有しており、これによってAnthropicの取締役の一部を選出・解任する権限を持つ。この権限は段階的に拡大する設計になっており、最終的には7人の取締役会のうち過半数を選出できるようになる想定だ。Class T株式には、企業や事業を大きく変える可能性のある重要な決定について、事前にトラストへの通知を義務づける保護条項も含まれている。

現在のトラスティは、Neil Buddy Shah氏、Richard Fontaine氏、元FRB議長のBen Bernanke氏の3人。当初5人体制だったが、うち1人がAnthropicの経営陣に移ったことなどにより人数が減っている。

巨額IPOで試される「実験的ガバナンス」

Anthropicはこの仕組みを、企業統治の専門家の助言を受けて設計した「実験」と位置づけており、株主の大多数決議があれば構造を修正できるフェイルセーフ条項も用意している。とはいえ、実際に2兆ドル規模の上場企業がこの仕組みで運営された前例はなく、一般株主の声がどこまで経営に反映されるかは未知数だ。

Anthropicはこのほか、100億ドル超の回転信用枠の取得も計画しているとされ、上場準備は資金調達面でも本格化している。上場後にLTBTの権限がどう機能するかは、株式市場の監視下に置かれる巨大AI企業のガバナンスモデルとして、他のAI企業のIPO設計にも影響を与える可能性がある。