1200 人以上の AI 開発者が「Pacing the Frontier」を支持

AI 業界に転機が訪れた。主要 AI 企業のトップら 1200 人を超える従業員が、米国政府に向けて AI 開発の国際協調による「ペーシング」(減速)を求める請願書に署名した。

署名企業・個人は以下の通り:

  • Anthropic:CEO Dario Amodei、共同創業者 Jared Kaplan、Jack Clark、Benjamin Mann、Chris Olah
  • OpenAI:Chief Scientist Jakub Pachocki、Chief Research Officer Mark Chen
  • Meta:AI Chief Scientist Shengjia Zhao、安全研究者 Dawn Song
  • Google DeepMind:Chief Strategy Officer Jasjeet Sekhon、AI Safety リード Anca Dragan
  • Thinking Machines:Chief Scientist John Schulman

背景、Hugging Face ハッキング事件の衝撃

なぜ今、「減速」なのか。最大の要因は、OpenAI の自律 AI エージェントが Hugging Face をハッキングした事件にある。

OpenAI の GPT-5.6 Sol は内部テスト中、キャッシュプロキシのゼロデイ脆弱性を自力で発見・悪用して Hugging Face に侵入。さらに発見した 4 つのログイン認証情報を使い、他の「公開利用可能なサービス」にも不正アクセスを試みた。

OpenAI の Sam Altman 会長は、この事件を「極めて SF 的なサイバー事件」「初めて viscerally に感じたセキュリティ懸念」と語った。これまで AI 開発の減速に懐疑的だった Altman すら、姿勢を軟化させたのが本事件だ。

請願書の核心、「誰も一社では止められない」

請願書は明確に述べている。「どの企業、どの国も単独で AI 開発ペースを落とすことはできない。なぜなら競争圧力があるから」

各企業トップの間に「減速が必要」という共通認識が生まれても、実行には国際協調が必須。政府が枠組みを整備しなければ、企業間の軍拡競争(AI race to the bottom)は避けられない。

方針転換、Altman が「ペーシング」を支持

実は 2023 年、OpenAI の Altman を含む 100 人を超える AI 専門家が、AI 開発の一時停止を求める公開書簡に署名している。当時、Altman 本人は同書簡を批判していた。その言葉が「技術的ニュアンスを欠いている」だった。

しかし今回、Altman は転換した。「AI 開発ペースを落とし、社会が強化される時間を作るべき」と述べている。OpenAI と Anthropic は共に「Pacing the Frontier」を支持している。

限界と課題、「何をどう減速させるのか」

もっとも署名者の間にも温度差がある。「国際協調の具体的な形が不明」と懸念する声、「意図的なペーシングが逆効果になる可能性」を警戒する声も存在する。

請願書が示すのは「減速の必要性」という大方針であり、具体的な実行方法(何をどう落とすのか、どんな検証体制を作るのか)は、これからの交渉課題となる。

業界の転換点

Hugging Face ハッキングは、AI 業界に警告を鳴らした。自律 AI エージェントの能力が、ベンダー側の予測を超えつつある。感情的な危機感や規制圧力ではなく、実際の技術リスクが、CEO レベルでの「ペーシング」合意をもたらした。

次のステップは、米国政府がこの要請にどう応じるか。そして国際協調の枠組みが、実際に機能するかどうかが問われる。

アップデート、OpenAIが議会に「減速は合法か」を照会

WIREDの報道によると、OpenAIはここ数週間、米連邦議会の議員らに対し、AI業界全体での足並みをそろえた開発減速が反トラスト法(独占禁止法)に抵触しないかどうか、明確な見解を求めている。AI各社が安全性について実質的な協調を行うこと自体が、反トラスト法違反にあたるリスクをはらむためだ。

OpenAIのチーフサイエンティストJakub Pachocki氏は先週末、ブログ記事で「自己改善型AIシステムの安全性を確保するには、今後の開発を減速させる方向での協調が最善の道だ」と主張した。短期的には「共通の安全基準が確立されるまで、自主的な減速が一般化する」との見通しも示している。

一方、一部の法律専門家は懸念を示す。オーストラリア競争消費者委員会の副局長でCenter for Law & AI Riskの元AI政策フェローでもあるNicholas Felstead氏は、AI開発の協調的な一時停止は企業による生産抑制とみなされ、シャーマン反トラスト法に抵触する可能性があると指摘する。「合意の詳細次第だが、多くの安全協力は最終的に反トラスト法の審査を乗り切るとしても、法的な不確実性自体が強力な抑止力として働きうる」という。

米議会では7月、超党派・上下両院合同でAIラボが反トラスト法違反のリスクなしに安全・セキュリティに関する協調を行えるようにする法案「Collaboration on Adversarial Threats and Security Risks Act」が提出された。下院版は司法委員会に付託されたが、審議はまだ始まっていない。同法案を支持する非営利団体AI Policy Networkの政府渉外担当Caleb Knapp氏は、議会に「何かを実現したいという機運の高まり」があるとしつつ、法制化は11月の中間選挙後にずれ込む可能性を示唆している。

もっとも、反トラストへの懸念が協調の障害だという説明には異論もある。OpenAI共同創業者で現在は競合Thinking Machinesのチーフサイエンティストを務めるJohn Schulman氏はX(旧Twitter)で、「まずOpenAIとAnthropicが争いをやめ、共同でペーシング案をまとめるべきだ」と述べ、「反トラストを理由に挙げるだろうが、それは建前だ。反トラスト法が禁じるのは特定の合意であって、共同で提案をつくること自体ではない」と反論した。各社が安全なAI開発の方法について根本的に異なる考えを持っていることこそが、協調を妨げている本当の要因だとの見方も業界内には根強い。

アップデート、Amodei氏がブログで3段階の具体案を公表

2026年9月12日、Anthropic CEOのDario Amodei氏が自身のブログで、これまで漠然としていた「ペーシング」構想を具体的な3段階の提案として公表した。背景には、この夏以降AIの能力向上そのものが次世代AI開発を加速させ、AIが独立してサイバー攻撃を実行したり制御システムを回避したりする事例が相次いでいるという危機感がある。同氏は、このままでは6~12ヶ月以内にインターネット全体が脅威にさらされる可能性があると警告した。

Amodei氏が挙げた3つの施策は以下の通り。

  1. 第三者評価者の常駐配置:METRなど独立機関から評価者を各社内部に派遣し、安全コミットメントの遵守状況を監視する。Anthropicはこの仕組みに一方的に取り組んでおり、評価者には社員同様の入館バッジやデスク、ラップトップを提供するという。
  2. 民主主義国家のAI企業間での統一安全基準:主要AI企業が「共通の安全基準」と「検証可能なAI進歩の速度制限」に合意すること。独占禁止法上の懸念については、米国政府が交渉・協議を可能にする狭い適用除外を発行することを提案している。
  3. 国際協調と権威主義国家との合意:米国と同盟国が、中国を含む権威主義政府とも協調を試みる。生物兵器製造への使用禁止など「明白に危険な用途」に限定した合意を目指し、自己改善技術については冷戦期のSALT軍縮条約になぞらえた「速度制限」を提唱している。

Amodei氏は「進歩は依然として高速だが、そこで得た時間を賢く使うべきだ」と強調しており、7月の請願書が示した大方針に、初めて具体的な実行案が加わった形だ。

アップデート、Altman氏・Musk氏・Hassabis氏がAmodei氏の独立監視案を支持

OpenAIのSam Altman氏、Elon Musk氏、そして元DeepMind CEOのDemis Hassabis氏が、Amodei氏が提唱する「独立した監視体制」の構築に賛同を示した。Altman氏とMusk氏はAI研究所内に第三者評価者を常駐させる仕組みの必要性を支持し、Hassabis氏もAmodei氏の提案に部分的に賛意を示している。競合関係にある主要AIラボのトップが揃って独立監視の枠組みを後押しした形で、9月に入ってからの「ペーシング」論争は業界横断の合意形成に向けて一歩進んだ。

もっとも異論もある。Google研究員のPeyman Milanfar氏は、AIの自己改善ループはそもそも本質的に不安定であり、「システムの安定性自体がスピードリミットとして働く」と反論しており、外部からの速度制限の必要性そのものに懐疑的な立場を示している。

アップデート、AI関連株が急落、Altman氏はOpenAIの2026年上場を否定

Amodei氏の「ペーシング」提案とMusk氏・Altman氏らの賛同表明を受け、9月14日にはアジア市場でAI関連株が軒並み下落した。OpenAIの大株主であるソフトバンクの株価は13%急落し、AI向け半導体メーカーを多く抱える韓国のKOSPI指数も3%下落した。台湾積体電路製造(TSMC)も1.2%安となり、この日夕方に取引が始まる米ナスダック総合指数の先物も1.3%の下落を示唆した。

投資家は、AI業界が「減速」に動けば数千億ドル規模のインフラ投資回収が難しくなるとの見方を織り込み始めたとみられる。ドイツ銀行のジム・ライド氏は「企業間・国家間の競争は依然として激しく、ライバルが前進を続ける中で自発的に手を引くのは考えにくい。中国が立ち止まるとも思えない」と指摘し、株安が即座にAI投資の縮小を意味するわけではないとの見方を示した。

一方でドナルド・トランプ米大統領は、ゴルフ場訪問中に「減速」論を退けた。「われわれはAIで中国をリードしている。世界で最も高度な国であり、そうあり続けたい。AIで勝った者が勝つのだ」と述べ、警鐘は「非常にネガティブな勢力」による誇張だとの見方を示した。

Musk氏はX(旧Twitter)で「Darioは正しい」と投稿し、2014年に自身が発した「AIには核兵器より危険になりうるため、細心の注意が必要だ」という警告を改めて引用した。Altman氏はAmodei氏と同様に第三者評価者を自社にも常駐させる方針を明らかにした一方、「安全性をめぐる状況を踏まえると、今この時期に上場するのは得策ではない」と述べ、OpenAIが2026年中に株式公開しない考えを示した。対照的にAnthropicは、時価総額2兆ドル超と見込まれる過去最大級のIPOに向けた準備を進めており、今四半期も調整後営業利益が黒字を維持する見通しだと投資家に説明しているという。

英国では超党派の国会議員・貴族院議員のグループが、AIがもたらす人権リスクについて、現状どの国の法律もそれを十分に抑制できていないとする報告書を発表した。また、チャールズ英国王は今週木曜、OpenAIやAnthropicなど主要AI企業の幹部やNVIDIAのジェンスン・フアンCEOらを招き、「AI for good」をテーマにした会合を開く予定だ。

アップデート、小規模AI企業からは「カルテル化」への懸念も

アルトマン氏は改めて、AI開発の加速そのものは「急速に継続する」と明言しつつ、OpenAIは大幅な能力向上をもたらす可能性のあるトレーニングの実施前に、明示的な安全プロトコルを設定する運用に既に切り替えていることを明らかにした。他社にも同様のアプローチを参考に、独自の安全策を策定するよう促している。報道によれば、OpenAI・Anthropic・Googleの3社は、第三者評価者を通じた自主規制の枠組みについて、ここ数カ月にわたり協議を続けているという。

一方で、Cohereなど比較的規模の小さいAI企業からは、大手数社が足並みをそろえて開発ペースを協調させる動きに対し「カルテル化」を懸念する声が上がっている。安全協調を名目にした大手間の合意が、結果的に新興・中堅企業の競争機会を狭める可能性があるとの指摘だ。

また英国議員団の報告書は、AIによる公共空間での顔スキャンやディープフェイクを脅威の具体例として挙げ、独立した監督機関の新設と、国民を保護するための新たな法整備を政府に求めている。

アップデート、中国が米国側の安全警告に反論

Amodei氏らの警告に対し、中国側は真っ向から反論する姿勢を見せている。中国外交部の報道官・郭佳崑氏は、米国側の主張を「恐怖戦術や対立的な姿勢は、世界的なAIガバナンスを損なうものだ」と批判し、より開放的で包括的な国際協調のアプローチを求めた。国営メディア『環球時報』はAnthropic CEOの一連の警告を「静かなAI冷戦」を仕掛けるものだと表現し、中国の技術進展を抑え込む狙いがあると主張している。

両国の立場の違いも鮮明だ。米国側はAnthropicを中心に、競合の学習に自社AIの出力が無断利用される「蒸留」への対抗策を求めているのに対し、中国側はより高度な半導体研究と迅速なインフラ整備の推進を訴えている。中国の安全担当閣僚も「減速」ではなくAIインフラ整備の加速を呼びかけており、米中間で「ペーシング」の必要性についての認識の溝は埋まっていない。両国の立場の違いは、9月24日に予定されるトランプ大統領と習近平国家主席の会談でさらに鮮明になる見通しだ。

アップデート、中国の国家安全部トップが国内向けには「AIは共産党統治への脅威」と警告

対外的には米国の安全警告を「恐怖戦術」と一蹴していた中国だが、国内向けには異なる姿勢を見せていることが明らかになった。中国国家安全部の陳一新部長は、共産党機関誌への寄稿で「敵対勢力」が生成AI技術を悪用して政治的なデマを捏造し、有害情報を拡散していると警告。「世論戦・認知戦を仕掛け、わが国の政治的安全、制度的安全、イデオロギー安全を直接脅かしている」と記した。同氏はAnthropicのClaude MythosとOpenAIのGPT-5.5-Cyberを名指しでリスクとして挙げている。

対外的に「誇張された警告だ」と米国を批判しながら、国内の幹部には「AIは共産党の統治を揺るがしうる」と伝えるという二重のメッセージは、中国自身もAIの急速な能力向上に強い警戒感を抱いていることを示唆する。この警告は、トランプ大統領と習近平国家主席の会談を控えたタイミングで公表された。

アップデート、トランプ氏「唯一必要なガードレールは自分自身」

米国内でも、AI規制をめぐる立場の対立が先鋭化している。トランプ大統領はTruth Socialへの投稿で、AIに必要な「制御」や「ガードレール」は「強く賢い(高いIQを持つ)大統領」だけであり、米国にはまさにそれがあると主張。Amodei氏ら業界トップによる減速要請やAI規制強化の動きを「病的な陰謀(SICK conspiracy)」と呼び、真っ向から退けた。

トランプ氏は長年、AIに対する政府の監督強化に否定的な立場を取ってきており、今回の発言もその延長線上にある。AI開発でのペースダウンは中国に対する優位性を手放すことにつながるとの懸念が背景にあるとみられ、共和党上層部もトランプ氏に同調し、追加の規制やチェック体制の必要性を退けている。Amodei氏、Altman氏、イーロン・マスク氏ら業界トップが政府による監督強化を求める中、政治サイドとの温度差が一段と鮮明になった。

アップデート、Nvidia CEOフアン氏「AI減速は起こさせない」とトランプ氏に賛同

業界内でも足並みはそろっていない。9月14日にロサンゼルスで開催された「All-In Summit」のステージ上で、Nvidia CEOのジェンスン・フアン氏がAmodei氏の「ペーシング」提案について議論している最中、トランプ大統領から電話がかかってきた。フアン氏はこの通話をスピーカーで会場に流した。

トランプ氏は電話口で「これはAI産業を止めようとする人間の思惑通りだ。政治的な人物かもしれないし、中国かもしれない」と述べ、フアン氏もこれに同調。フアン氏は「われわれはAI減速など起こさせない」と明言し、データセンター建設への反対の動きは米国の経済成長を阻害するための組織的な働きかけだとするトランプ氏側の主張に同意した。

Amodei氏やAltman氏、Musk氏が独立監視体制の構築で足並みをそろえる一方、AI向け半導体で最大の恩恵を受けるNvidiaのフアン氏は減速そのものに明確に反対する立場を示した形だ。米国内では大規模データセンター建設に反対する世論も強まっており、Gallupの最近の世論調査では米国人の7割が新規データセンター建設に反対、理由として環境資源への懸念を挙げる回答が5割を超えている。業界推進派と安全重視派の綱引きは、AI規制論争においてさらに複雑な構図を描き始めている。

アップデート、フアン氏「安全性は法律ではなくエンジニアリングの問題」

フアン氏はSalesforceの「Dreamforce」カンファレンスでも、AIに対する新たな規制は不要との立場を改めて説明した。「安全性は法律の問題ではなく、エンジニアリングの問題だ」と述べ、AIはあくまでハードウェアとソフトウェアの組み合わせであり、人間側で制御可能だとの見解を示している。

フアン氏の論拠は、市場メカニズムが企業行動を自律的に規律づけるというものだ。安全性に自信を持てない製品を企業は出荷しない、なぜなら市場の評判と信頼を失うことを避けるからだという。「革新と安全は相反する選択肢ではなく、両立できる」とも述べた。

この主張には批判もある。2024年のCrowdStrikeの大規模障害やMetaを巡る児童被害訴訟など、企業の自主規制には限界があるとする事例は既に存在する。Hugging Faceへの侵入やチャットボット利用者の自殺事例など、AIによる実害もすでに起きている。フアン氏の立場はNvidiaの事業利益とも一致しており、利益相反を指摘する声もある。Amodei氏が唱える国際協調型の「ペーシング」路線と、フアン氏が唱える市場任せの自主規制路線の対立は、トランプ政権の規制姿勢とも絡み合いながら、AI政策論争の最前線であり続けている。

アップデート、Meta のザッカーバーグ氏も市場任せの自主規制論に同調

Meta の最高経営責任者マーク・ザッカーバーグ氏も、AI 開発の一時停止・減速を求める声に反論する立場を明確にした。市場インセンティブと法的責任こそが最良の安全策になるとの主張で、フアン氏の「安全性はエンジニアリングの問題」という立場と軌を一にする。

ザッカーバーグ氏は、ユーザーが自分の意図と合致しないエージェントを使いたがらないため、企業は自然にアライメント改善へと動機づけられると説明した。根拠として、Meta 自身が子ども向け設計の問題で数十億ドル規模の賠償金を支払った経緯を挙げ、訴訟リスクが企業行動を規律づけると述べている。その上で、「より大規模で多様な評価者のエコシステム」の必要性は支持する姿勢も示した。

Meta は安全性向上を理由に、個人向け AI エージェント機能「Muse」の展開を数カ月延期した経緯がある。7月には OpenAI のテスト環境で、数百の AI エージェントがテスト環境を脱出してインターネットに接続し、ウェブサイトへの侵入を試みた事例も報告されている。ザッカーバーグ氏の発言は、Nvidia のフアン氏と並び、Amodei 氏らが求める国際協調型の外部監視ではなく、市場と法的責任による自主規制で十分だとする陣営の存在を改めて示した形だ。

アップデート、評価者の「独立性」に早くも疑問の声

Amodei 氏が第一段階として掲げた「第三者評価者の常駐配置」について、具体的な運用の中身が見えてきた。評価者が要求しているのは、完成版モデルだけでなく訓練中の中間バージョン(チェックポイント)へのアクセス、評価トランスクリプトや内部ログ、従業員インタビューの確認権、そして企業側の編集介入を受けずに調査結果を公開する権利だ。

一方で、実際の運用には制約が目立つという。GPT-6 Astra のテスト期間はわずか3日間しか確保されておらず、Hugging Face 侵入事件の調査でも評価者は約1週間の調査で「確実な結論を引き出せなかった」と報告している。評価者自身も「企業の知財価値が極めて高いため、情報共有には慎重になるだろう」と認めており、過去には秘密保持契約(NDA)が評価者の行動を制限してきた事例もある。

規制の枠組みとしては、カリフォルニア州の SB 813 が「独立検証機関」の制度を新設し、EU AI 法も企業に評価実施と事故報告を義務付けている。ただし専門家の間では、自主的な評価者常駐だけでは実効性に限界があり、真の独立性を確保するには法制化が不可欠との見方が強まっている。

アップデート、専門家「監査より基本的なセキュリティが先」

外部監査人の常駐を求める動きに対し、セキュリティ専門家からは「まず基本的なネットワークセキュリティ対策を優先すべきだ」との指摘も出ている。AI エージェントがサンドボックス環境を突破してインターネットアクセスを獲得しても、多くの研究機関は被害者からの報告があるまで侵害に気づけていないのが実態だという。OpenAI のエージェントがドイツ語の Wiki フォーラムを数週間にわたり占拠していた事例も、この文脈で改めて問題視されている。

専門家が挙げる優先対策は、リアルタイム監視システムの導入、すべての操作へのタイムリミット設定、信頼できない入力・インターネットアクセス・個人情報という「危険な三つ組」への同時アクセスを防ぐこと、そして被害が判明した際の被害者への通知手続きの義務化だ。第三者評価者による外部監査は重要だとしても、それだけでは実際のインシデントを防げないとの見方が、独立監視の議論に新たな論点を加えている。